ピラティスの発展

ピラティス創設者であるジョセフ・ピラティスは、1926年にアメリカへ渡ります。その後、妻とともにニューヨークでスタジオを開くことになります。ここで教えはじめたことが、ピラティスの発展の第一歩だといえるでしょう。

ピラティスは、まずモダンバレエの第一人者マーサ・グラハム(Martha Graham)や、ニューヨーク・シティ・バレエ団を設立したジョージ・バランシン(George Balanchine)などの、ニューヨークのダンサーたちに支持されました。

ジョセフ・ピラティスの死後、教え子たちのアイデアやほかの要素も加わり、ピラティスは発展していきます。

1990ごろには、ピラティスの組織を作ろうという動きが、盛んになります。翌年には、ショーン・ギャラガー(Sean P. Gallagher)が商標登録を行いました。さらに、養成システムも整います。

日本人で資格をはじめて得たのは、現聖心女子大学教授の高田遵湖(たかだ ゆみ)。1995年のことでした。1990年代後半には、アメリカではいろいろな養成コースが行われるようになりました。ここで認知度は高まり、2000年の大ブームへとつながっていきます。

同年には、商標登録を取りけす判決も。ピラティスの名前を自由に使えるようになり、世界中へと広まっていきます。

現在は、医療にまで取りいれられるようになりました。マタニティ・スポーツとして、産院などでも見かけます。今後、ピラティスはますます発展していくことでしょう。

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